「想う」カテゴリーアーカイブ

今は雌伏の時

仕事はまあまあ順調であると思う。
というのも働いている実感はあるから。
で、この労働に対していくらもらえるのか?という話だな。

となるとあんまりもらえないような気がするなあ。
人を使うとその人にお金を支払わないといけないし(当然のこと!)
かと言って一人で出来るもんでもないし
大変。

人集めもしないといけないけど採算取れるようにしないといけない
すげー経営者みたいだ

今までやってきたことよりも動かすお金の額が増えたこととそれにともない責任も増したと思う。
でもやりがいがすごいあるのね。
身体はボロボロなんだけども。

昔から考えてたことで人にはそれぞれキャパがあって、自分にあったキャパで仕事をしないと本来の持ち味は活かせないと思うのよ。
単純に大きいからいいとか小さいから駄目だではなく、たぶんやりたい願望とか野望とかそんなのが大きい人ほどある程度の額で勝負をしないと本来の力は出せないのではないだろうか。
逆にこまかいお金を扱うってのもひとつの才能だと思ってる。どっちがいいかは場所で変わるだろうしどちらも必要。
うちは今の規模で仕事がずいぶんやりやすくなってきた。
もう少し意欲的に、野心的に事業を進めてみるのもいいかもしれない。

そのために必要なのは人材登用だな。
一人ではやれることに限界がある。
若い頃は一人でやってやる!と思っていたけど歳を食ったおかげで人を抱えるということを少しはわかってきたのかも知れない。
まだまだ弱小だけども良い仲間を増やしていきたいと思う。
しばらくは今の環境をキープし、少しずつ力をつけていこう。
軍師欲しいな。武将欲しいな。文官も欲しいな。

でもねーいろんなところでスカウトしようかと思うけどグズグズしているのはいらないなあ。
飛び込んできたものを大事にしようと思う。
とりあえず今は力をつけるだよ。

主張が過ぎる

最近何かと腹を立てているように思える。
実際に怒っているわけではないんだけど。
憤ることは多いし、瞬間的にカッとなることは少なくないんだけど、そんなに継続して怒っている状態になることはそうそうない。

なのに、なのにだ。
どうも怒っている人、怒らせると面倒な人として扱われることが多い。

確かに文句ばかり言っていると思う。
でも不平不満を口にすることはいけないことなのだろうか?とも思う。
実際にそう思って口にする。
しかし周りの人からはすぐに不平不満をいう奴、不平不満マンとして認識されているようなのだ。

逆に言うと不平不満があるのに言わないなんてどうなのかしら?
それにすぐに言ってるわけでもない。耐えるところは耐えてるよ。
おかしいと思ったことを口にしているだけ。
それって駄目なのかしらねえ?

それに不平不満を言うことによる代償もちゃんと受けているし、覚悟も一応持ってる。
自分がすべて正しいと思ってるわけではないし、自分が間違っているなら正すことも考えてる。
言わなきゃいけない立場にある時も多い。

なのに、指摘すると噛み付かれて、それに反論するとはいはいごめんなさいって感じとか、
指摘して、すぐに全面降伏みたいな謝り方されることとかさ、言い訳をツラツラ言われるとか。
いやいや謝って欲しいわけじゃないねん。
なんでそういうことになっているのか?ということとか、同じことを繰り返さないで欲しいこととか、こちらの思いとか考え方を理解して欲しいとかってことなのよ。
それに対してそうなった経緯ってのもあるだろうし、お互い様っていうこともあるよね?ってそれでいいじゃないって思ってるのになかなか思いが釣り合わない。

こういったやり取りも喧嘩になるんだろうなって思うんだけど、ちゃんと喧嘩がしたいなって思うの。
対等にね。ぶつかりたいなって。
話し合うポイントや、争点がそもそもかみ合わないことが多くて疲れちゃう。
そしてこういう時に別々に考えてくれないのね。

問題があったらその問題が問題なわけで、それに関わっている人やものの性質や人格とは別問題だと思ってるのね。
どんな好きな人にでも欠点はあると思うし、そういうのを含めて付き合ってるわけだから一緒くたにはして欲しくない。過去にもその人を支持する人とは付き合えないみたいな関係の終わり方があったので。

誰でも間違えるし、失敗するよ。
笑いあって喧嘩しあってうまいこと生きて生きたいと思うのです。

そうだ人なんだ。ですよ。まったく。

素敵な10周年

先日『K+の日』というイベントが開催されました。
これはお屋敷の最初の第一歩が刻まれた日を記念して行われました。

第一歩を踏み出してもう10年経ったんです。
早いね。
そしてその10年を振り返る「10年史」なるものを編纂いたしました。
そりゃあ振り返った振り返った。

初めはね結構メイドも多かった。
例えば3人入ってきたらちゃんと3人が残るのが初期の頃。
それが3人のうち1人がすぐ辞める時代があって、3人のうち2人がすぐ辞める時代になって、3人全員残らないなんて時代に突入したりもあった。
どうせ辞めるんでしょ?ってスタンスの頃はもうひどかったなあ。

いろんな人と出会い、そして別れ。
別れ方もさまざまで、一方的な別れもあれば音信不通もあったし、喧嘩別れもなくはない。
そんなことを振り返っていたらIFを考えてしまうよね。
あの時、もっとこうしておけばまた違う未来が待っていたんじゃないかって。

でも決して過去に戻りたいとは思わないんだけどね。もう同じ道のりは歩きたくない。
今がたぶん上々です。

そのIFの中でも内の基盤が弱かったから受け止め切れなかったというケースもある。
今はなんなら社員登用がしっかりと出来る体制になってきてるので受け止めてあげられるようになった。
これ大事だよなあって思う。
メイドの正社員とか秋葉原とかはあるのかしら?うちは可能だよ。
うちはなんならお婆ちゃんメイドとかいてもいいんじゃないかって思ってるところもあるんよね。
当然人柄によるけども。
男の子でも綺麗ならいいとも思うし。
寛容さは身につけたような気はする。

そしてイベントにはたくさんのプレミアム会員さまがお帰りしてくれた。
ありがたい。
うちは一年の中でも日付で開催されるイベントって結構ある。
その中でも一番大事にしているイベントだったりもする。
その時を一緒に過ごせるってのは本当にありがたい。
そうね、ここに顔を出してくれる人が今、お屋敷とちゃんと関係を作れている人たちであることは間違いない。
大事にしなきゃって本当に思う。うん、思ってるよ。大丈夫、たぶん思ってるって。思ってると思うけどなあ。
そうそう前日わざわざ来てくれる人もいたよね。

そしてディナー!
この日の料理は毎年採算度外視の料理になります。
すごい量作ってたで。
普通のディナーショウでは出来ないことばかり。
メインがまさかのカレー。これがいろんな意味から普通のディナーでは出来ない。
ライスなくても満足できたのもなかなかですわ。

今年は歌なんか歌わしてもらいまして…お耳汚しで申し訳ない。
過去を悔やみつつも、同じ轍は踏まないようにしたいなと思いました。

いろいろと差し入れをいただきありがとうございました。
最近ではイベントによっては飲食物の差し入れもだいぶ緩和してきているところですが、基本的に差し入れということなので後ほどスタッフ内で美味しく頂戴させていただいております。
その場で一緒に飲食をしたいという形の差し入れはやはり飲食店ではありますので一定のご理解をいただきたいところではあります。ましてや調理を必要とするものの提供はまず無理です。
お気持ちは大変ありがたく頂戴し、スタッフで美味しくいただきました。本当にありがとうございます。

みんなが笑ってくれていたと思うのでとても楽しく過ごせました。
本当に、本当にありがとうございました。
もうしばらくは頑張っていきたいと思います。
いろいろと注文が多いお屋敷ではありますがこれからも末永いお付き合いをお願いいたします。

いろいろと滞っています

久しぶりだなあ。
なんかね、書くのに時間取られると思うとなかなか書けないんだよね。
でもダラダラでもあった方がいいなと思うことが多いので書いていこうと思う。

というのも今回K+companyの10年史をまとめたんだけど欠落している部分とか、詳細がわからないことが多くてかなり時間がかかった。
人の記憶の限界ってやっぱあるわけで何かしら書き記してないとやっぱ忘れるって。
そんな時に役に立ったのがメルマガの自分のコメントだったりしたのね。

そりゃあもうめんどくさそうに書いているのも結構あったんだけど、どっかからしっかりと書いてるところもあって「あ、これくらいならブログでも書いていけそうだな」って思えたんだ。

そこでこの前こんなイベントがあったということや、今度こういうイベントを考えているってのが書いてあって、これが一番役に立った。
なんでちゃんとしたイベント詳細書いてないんだ!って思ってたけど自分でなんか書いてた。

ということで今書いているパソコンの文字変換が頭悪くてイライラすることや、いや携帯もそんなに良くないな…どうすればいいんだ?あ、脱線してる。
まあいろいろとダラダラ書きたいと思います。

とりあえずーK+の日ですね。
無事冊子も発注出来ました。
いいと思います。
手に入れなかった人残念です。
本当に振り返ったよ。結構ダメージがあった。
ジパングのこととか、エンジェルのことだけじゃなく、いろんなことがね。
いやーいい経験させてもらったなあと。
その分、人生賭けてるところもあるので平坦な道のりではなかったし、本当にうまくいかないもんだなって思ってしまった。
今の経験とスキルがあればもっとうまく出来てたことはいっぱいあるのにな。
なんであそこでやりますって手を挙げられなかったのだろうか?とか
変なプライドが邪魔をしたなとか
しても意味のない後悔が渦巻くね。

それでも10年続けて来れた。
とりあえずは自分と一緒について来てくれたスタッフ、そして見守り続けてくれたご主人さまに感謝。

感謝の意味合いも昔とはだいぶ違うなあ
もう歳だなあ

働き方について考える

本当はもっと他に書かないといけないことがあるんだけどちょっと書いてみた。
加筆するかもしれないし、消すかもしれないけれども働き方について考える。

『人はなぜ働かなくてはいけないのか?』

当たり前だという前にここって結構大事なところなんじゃないかなと思ってる。
同級生とかはここに特に疑うこともなく学校を卒業したらどこかに勤めるものと仕事に就いていった。
私は…今となってはその当時の気持ちなんて覚えてないけど働く前にいろいろと試したかったんだと思う。

試すこと。
それは自分に何が出来るのか?自分のやりたいことは何なのか?ということ。
仕事に就くということは自分の中でも当たり前のことだったし、いつかは仕事に就かないといけないと思っていた。
だからこそ自分の適性を知りたいと思ったし、どうせ働くなら自分のやりたいこと、楽しめることを仕事にしたいと思ったから。
そしてきっと働くとそこの会社で一生過ごすものだとも思ってた。
まだ終身雇用が存在する時代だったから。

しかしバブルがはじけリストラという言葉が世間に広がった。
そうなると就職というもの自体が胡散臭くなってきた。
自分の人生を捧げる仕事なのに自分の人生を守ってくれるわけではない。
家臣にはなれずに用心棒くらいにしかなれない。
自分の人生を切り売りしてお金に替えるくらいのものなのかと仕事に対して絶望した。

今に至るまで正社員というのをいくつか経験してきた。
アルバイトというのは数え切れないくらい経験してきた。
そして今は人を雇用する立場になった。

先日春闘とかで給料を上げろと騒いでいる風景をみて違和感しかなかった。
給料は上がっていないのか?ここ十年で最低賃金は結構上がった。
人の能力はそのままに物価もさほど変わってないのに人の単価だけ上がった。
そりゃあお金はたくさん欲しいとしてもいくら欲しいの?って思った。

果たして人を一人雇用する価格っていくらが適正なの?

簡単に言えば楽して儲けたいと思ってる人はそれなりに居るとは思う。
人が一ヶ月暮らしていくのにいくらかかるかということになるのかな。
家賃光熱費と食費が必要経費かな。あとは服とか消耗品とか?
となると京都だと12万くらいあればなんとかなるのか?ただこれだと貯金とか贅沢は出来ないな。
月に8時間で23日働くとしたら157504円が最低賃金で計算した月給となる。ここから保険とかで引かれる。
と12万くらいか。それが最低賃金ということか。なるほど。

しかし最近思うのはお金よりも時間を大切にする意識ってのも増えているのではないかな?とも思うのね。
お金はそんないらないから一日5時間労働とかがいいとか。
週3休みたいとか。

だから単純に給料を上げろというだけではなく家と会社だけの関係ではなく、家族や友人とか、趣味とかコミュニティとかいろんなところと付き合える時間や環境などを考えていかないといけないんじゃないかなって。
昔は男は外で働いて金を稼ぎ、妻は家事や近所付き合いを担当するなどの分担作業があったかも知れないが、女性も社会進出とかで男性と同じことをしてきたらコミュニティとか人間関係は崩壊するんじゃないか?というか自分が休みの時に遊んでくれる友達が見つからない。周りと休みが合わない。

これはもうただただ働くだけの人生じゃないか。

これは考えないといけないな。
自分のための時間をちゃんと持とう。
今、自分にとってそういう時期なのかもしれない。
ちゃんとする、そういう時期。
うん、頑張ろう。頑張るしかないな。

髪の毛の薄い人にハゲっていじれなくなったら終わり

ちょっと気になったので何でもない時に書いておこう。
なんかあった時に書くと傷付く人も出るからね。
だから何もないです。詮索不要

さて表題の「髪の毛の薄い人にハゲっていじれなくなったら終わり」ですが意訳しますと、
『デリケートな問題に踏み込めなくなったら終わり』ということですね。

私の個人見解ですがデリケートな問題って誰しもひとつやふたつやそれ以上はあるもんです。
そこは触らないでってことね。

もちろん私自身にもあります。
触ってくれるなというところね。

でも極力そんなものはなくした方がいいと思ってる。
その方が楽しいから。
何でもいい合えるってのは素敵なもんですよ。

でも触ってくれるなってことには何種類かある。
・個人的なこと
 ⇒家庭とか家族とか
 ⇒身体的・能力的なこととか
 ⇒職業・収入とか
 ⇒恋愛・友人・交友関係とか
 ⇒トラウマ・精神的な悩みとか

あー書いててキリがなくなってきた。
言い出したらキリがないんです。
で、本当に言いたくないことってどこですか?って話なんですよね。

私はいろんなことを秘密にしながら生きてきたところがあって将来の夢としてちゃんと名乗れる人になりたいと思っています。
言えないことが多いと面白くない、しんどいんです。
相談出来る人なんてのはそうそう居ませんよね。
だからジッと自分の中に抱えるしかないんです。

まあそれによって学ぶこともありますよ。
でも自分のことをペラペラ話せる人のなんとも羨ましいことか。
心に影がないというかすごいいい環境で育ったんだろうなって思う
でも人間としての魅力は少し影がある方が信用できると思っちゃうんですよね。
あまりにも影がないと信用できないというのが影を持つ人間の悪いところですね。

基本的に私はデリケートな人にとっては優しくないかもしれません。
意地の悪い人間なんだと思います。
私の価値観で申し訳ないけども、意地を張ってる人や、コンプレックスを持ってる人を見た時にもう少し楽な生き方があるんじゃないかって口出ししたりしちゃう。

そのひとつの基準が『髪の毛の薄い人にハゲっていじれるかどうか』というようなことなんです。
薄毛を気にしてるのはわかる。でもそれに触れても大丈夫?って思いながら少しずつ触れてみる。
で、触れても大丈夫って人は結構絡める人なので仲良くなれる。面白い!ってなるね。
最近発見したね。そういう逸材。
しかも言ったことをドンドン吸収していってくれるからアドバイスのし甲斐もある。

逆に触って萎縮されるとね、もう触らないでおこうってなるね。
かわいそうオーラが出ちゃうともう末期というか何も話せなくなってしまう。
難しいよね。その人のことを思うからこそ気になるんだもんね。
結局孤立してお互い残念なことになってしまうと思うんだけどね。

たぶんどちらも髪の薄い人にとってはしんどいんだろうな。
どっちにしても薄毛は改善されないんだろうし。
でも「せやねん、薄いねん」って言えるのは受け入れてるということなんだろうなって思う。
自分の中でちゃんと消化できているというかね。
そういう人は強いよ。
受け入れてない人は触れられると怒るし、悲しむ。
まだ希望を持っているというか受け入れられてないんだろうな。
受け入れる過程なら待ちたいと思うんだけどね。
何も出来ずにいる人には何か言いたくなっちゃうのよ。ごめんね。

思ってることを言い合える関係は素敵だと思ってる。
でも何でもかんでも言えばいいということではないと思う。
言わなくてもわかる関係が上位だと思う。
でも「これは言うな」ということがあるのはやはりマイナスなんだと思う。
「触って欲しくない」ことを知っている
でも「なんとかしてあげたい」と思うことは悪いことじゃないと思うんだ。
それでもうまくいかないんだよな。

まあそんなことをね人生の中で何度も繰り返してきてるわけなんですが、
どうも最近は「触ってほしくないなら別にいいよ」って思う気持ちも出てきてて、そうなると急速にどうでもいい人になっていくんだよね。
これはたぶん老いからくる関心の薄れなのかなあ。
逆に感謝することとか自分のことをかまってくれる人に対しての気持ちも深くなったようには思う。
ありがとうねえと思う気持ちが強いなあ。

やっぱり人間一人では生きていけねえなあと。
だからこそ秘密はあんまり持ちたくないねえ。
0ってのは面白くないから、そうねえ10個くらいにしておこうか。
隠す必要のないことは晒していきたいねえ。
なんだこいつつまらねえなとは思われたくないもの。
でもそもそも恥ずかしがりなので難しいんだけどね。
自分が思ってるほど隠し立てすることではないってわかってるつもりなんだけどね。

K+寄席

毎年恒例といってもいいと思うイベントも無事終了。

内容的なことに関しては2人だけだとボリューム的に心配だったので私も前座として参加。
大妖精『運の尽き』
もも『つる』
紫音『初天神』

紫音の初天神は何度かの出し物。
だからこそ磨きをかけていかないといけない。
本質的な話にもっと重点をおいていくといいのかも知れないね。
おかずはそんなに求めてないというかね。

もものつるは
初めての挑戦。
なんというか新鮮。
まくらの部分が長編。
弟への愛の宣伝。

そして私の前座は思った以上にしっかりしてたといわれました。
そしてずーっと下ネタじゃないかと。
否定はしない

なんというか少し?ちょっと?不満に思うのは人の入りかなと。
あんまり興味ないのかなあ。
頑張ったんだけどなあ。

いやね、落語ってすごいと思うんですよね。
一人で、しかもしゃべりだけで世界を作っていく。
見る方にもそれなりの教養なり知識なりを求めるところもあるけども面白いものだと思ってる。
だから頑張っていきたいなあとは思うんだけど、なあ

今日もめっちゃ少ないというわけでもないんだけど
たまたま来てた人も笑ってくれてたんだけども
うーん。

うーん
やりたいことと求められてることとのギャップっていうのかな
なんか申し訳ないな
うーん
イベントのジレンマだなあ。

落語やるって言って「見たい!」と思わせられないのは力不足なわけで
見に来た人には次回も「見たい!」と思わせないとダメなんだろうな。
それの繰り返しで観客を増やしていかないと。
うーん。
うーん。
頑張ります

ボーナストラック

ボーナストラックでした。
まあ何をどう話したのか覚えていないけれどもね。

このイベントは昔は4人で話してた。
それが一人減り、また一人減りと二人になった。
で、二人になって休止となった。

だけれども久しぶりに再開となったのが昨年の10月。
いつやるのかも固定されていない。
一応第一木曜日といいながら第一木曜日に行ったことはない。

なんだそりゃ?

内容も特に決まっていない。
気になることを気になるままに話すだけ。

なんだそりゃ?

そんなイベントなんだよな。
だから日によって当たりはずれが多い。

今日はどうだろ?
まだまだ行けたように思う。
会話ってちょっとした取っ掛かりで決まるような気がするんだ。

イベントの前にギリギリまでゲームとかしておくのは大事かも知れない。
誰かと話してしまうと、話したい欲求が消費されてしまうようにも思う。
難しいなあ。
カウンターで他の人と話して満足してしまったりしたんだよなあ。
今後気をつけよう。

今後は誰とも話さずゲームしてよう。
たぶんそれで万事解決だ。
だから来月もよろしくお願いします。

スプラトゥーン甲子園

昨日表題でもあるスプラトゥーン甲子園のオンライン予選が行われた。
前回の夏の大会では予選参加に抽選漏れということで戦わせてももらえなかった。
不完全燃焼である。
しかし今回はオンライン!
これは参加するしかない!
前回参加予定をしてた人は他の用事で参加不可、その代わり前回参加出来なかった人が参加ということで4人集まった。

事前にどこかで練習をが、ちょっと早めに着て練習をということになったが結局誰も集まらず17時半に一人、18時過ぎに一人となんともである。
正直戦意は低いところからのスタート。
さらにもう一人は直前まで連絡もなく、もしも来なかったらどうしようかと代案を考えてたところ表で見かけたという目撃情報でホッとする。
しかし入ってきたのは18時半の集合時間を回ったくらいだった。

まあ戦意はあがらないわな。
人数が集まるかどうかという心配の他にも2つの心配があった。
ひとつはちゃんと登録出来ているのかどうか?
このスプラトゥーン甲子園、前回は申し込んだら返事が来ない。
自動返信とかでいいからメールアドレスに返信が欲しい。
今回も当日リーグマッチに参加しろということでしか連絡が来てないので不安しかない。
ちゃんと登録出来てるの?これが申し込んだ人が一人で抱えてる大きな不安。

もうひとつの不安が今回の参加者の一人のウデマエがB-に達していないことだった。日ごろからB-にはして欲しいとは言ってたけども通常の大会ではウデマエは問われないのでどうなんだろう?と。
しかし詳細がわからずに不安のまま当日へ。

そして18時半過ぎからフレンドマッチでなんとなく戦おうと言うも結局4人で合流できないという息の合わなさよ。

そんなこんなで時刻は19時。
大会は開始された!
…はずなんだが…どこにも何もない。
ホームページなどを確認するもリーグマッチで戦えとしかない。
仕方ないチームを組もう。
そこで発覚。
やはりB-に達していないとリーグマッチには参加出来ない。

そうかあ、そうだよなあ。
本人は申し訳ないといい、一人はネットで検索をかけ大会ルールを探しB-が参加条件であることを発見、一人はまあ仕方ないと諦めた。
前回と引き続き戦わせてもらえない



ボクはイヤだ!

ということでみんなでガチマッチでB-を目指す!
その時点で間に合わないだろうと思ってた。
だってC-からのスタートだもの。単純に25勝くらいしないといけない状態だし、3分で回したとして75分、マッチ待機とか延長とかなんだかんだ考えても120分(すでに10分くらい経ってた)の枠内でどうにかなるものか。
そもそも人のガチマッチを他の人がやるなんて行為は私が忌み嫌うことです。
しかしそんな理屈よりもみんなでなんとかしよう。
それはそれでせっかく集まったことを無駄にはしたくない。
全員忙しい中時間を割いて集まってんだから。
プライベートの時間は仕事の時間よりも貴重なんだから(私比)。
一人がガチマッチでB-を目指し、念のため二人はリーグマッチ(ペア)でポイントを稼ぎ、一人は子守をするという体制で120分弱を戦った。

そして時間が来た。
21時だ。
ガチマッチは切り替わり継続出来なくなった。
結果C+まで上げたところで時間切れ。
予選大会も終了。

こうして
俺たちの甲子園は…終わった…

人という生き物

最近は正月からお腹を下し、体調不良のどんよりモードの中で眠るとしんどい、出すもの出せない、食欲もないと生命維持のための行為がまったく低下しているといろんなことを考えますよね。

近年お屋敷には大きなお友達だけではなく小さなお友達もよくお帰りする。
人間というのを考えた時に小さなお友達というのはとても面白い。
それは欲求に忠実だからだ。
特に赤ちゃんはお腹が減れば泣き叫び、気に入らないことがあれば泣き叫ぶ。
自分で解決しようとすることがなくて泣き叫ぶことで誰かを動かそうとしている。

まあそんな中でいくつかのことを考えたのだが、
その中のひとつとして性別がないこと。
いや、生物として性別はあるんだけど男とか、女とか考えて動いているわけではない。
生き物「ヒト」として動いている。
何かをしたいからしているんだけど男だからとか女だからということはない。
これはなんなんだろうなあ。
じゃあどこで私は男だからとか女だからとかって思うんだろうってのが気になる。
それはアダムとイブが蛇にそそのかされてリンゴを食べる、その前の段階なんじゃないだろうかって思うのね。
おいおいいつリンゴを食べるのよ?ってこれからお屋敷の小さいお友達を観察していこうと思うけども、予想ではすでに黒くなってしまった元小さいお友達なんだろうな。
大人になると蛇になっちゃうような気がするんだよね。
そして小さなお友達に差別すること、限界を作ること、嘘をつくことなんかと教えるんだろうな。
そう考えて自分は汚い大人になったなあなんてちょっと残念な気持ちになる。

まっさらな状態で生まれてきて一日一日何かしらの経験を積んで、今がある。
残念な経験も嬉しい経験も一杯積んで今がある。
そしてその経験が自分を創ってる。
これは誰でもそうでしょ?

だったらポジティブな経験を積みたいねえ。
食って、寝て、出してを繰り返すだけで長生きするのだけは避けたいねえ。
事は成さなくても良い友達とバカバカしいことを話して笑うだけの人生ってのは幸せだろうなあ。

今年はなるべく笑って過ごしたい
そんな大妖精です。