謹賀新年

あけましておめでとうございます。

今年の暮れ、フェアリーズナイトから調子が上がってきてる気がする大妖精さんです。

フェアリーズナイトで一叩きしたのが良かったんでしょうかね。

ホープフルSも馬単取れたし、忘年会も頑張りました。

忘年会はねえ、すごい良かったんですよ。クジで一番手になったのが私と中妖精の組だったんですがトップバッターは緊張しますね。2017年で一番緊張した瞬間かも知れない。いくつかトチりましたが中妖精がペースを維持してくれたんで助かりました。一生懸命さだけではなく内容の面白さまで伝わってたらいいんだけども…

それに続く計七組。どれも良かった!これはきっと一組目の我々の熱意がちゃんと伝わったということですよね。大丈夫、言わなくてもわかります。うんうん。

遅れて一芸を披露してくれた方々もいたんだけどやはりその熱意が伝わってないからねぇ、うーん、仕方ないな。

その後、明け方までゲームをしてから、みんなで休憩を取って1/3で閉まるローソンへ買い出し。

これがまた不思議な感じで、

長い付き合いになる人もいるのに初めてのことで、

お屋敷に戻って買ったものを食べながら話をして、

改めて、あーいろんな人がいるなぁって思ったんですよね。

みんな、たぶん好きなんですよ。一緒に居てもいいってなってる。でも好きなこと、面白いこと、楽しいこと、怒ること、悲しいこと、話したいこと、聞かれたくないことが違う。

だから交流の仕方が違う、わからない、難しい。

だから誰かが合わせていかないと交われない。でもそれに喜びを感じられなかったりする。

難儀ですね。

不器用な人ばかり。

でもそれが面白い。私の場合だけかもだけどね。

最後のみんなでおしゃべりをして時間は楽しかった。寝そうな人や退屈そうにしてる人もいたけど、それでもこの場に居ようとしてくれる。

よい忘年会でした。

今日からまた新しい一年が始まります。みんなで絆を作っていけたらいいなって思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

大妖精

魅惑のフェアリーズナイト

このイベントに来なかった皆さんは後悔してください。

いやーやりきったと思う。言いたいことの七割は言えた。これは上出来じゃないだろうか。

そもそもが聞いても楽しくない話なのにね。

来た人ならわかると思うけど2017年は厄災、受難の年でした。

もうダメだと何度思ったことか。

本当に無能な経営者だわ。

精神的にも追い詰められてたし、攻撃的にもなってたと自覚することもある。

そんな時に踏ん張れたのは一緒に頑張ってくれたスタッフたち。もう感謝しかない。

そしてお帰りしてくれるご主人さまたち。

まあ実際心はバッキバキに折れてたと思う。そんな時に過去を振り返るのね。このご主人さまたちもだいぶ変わったなあって。それが良い方向へ変わってたりすると自分の存在が少しでも役に立ってるのかもしれないとすごく嬉しくなってもう少し頑張ってみようかなって励みになる。

まあ、これが有能な経営者への道を妨げてるわけなんですけどね。

サラリーマンやってる人とは共有しにくい感覚かも知れないがお店ってお客さんからお金をもらって成り立つわけですよね。だからお客さまは神様ですなんて言葉もあるくらい直接的に関わってくる。

直接的に関わってないだけでこれはどんな職業でも一緒で誰かからお金をもらって成り立ってる。一人では商売は成り立たない。

お店はその関係がわかりやすく見えてるのね。だから来てくれるという行為はそれだけで嬉しい。しかしそれを全面に出すのはイヤらしい。その辺の葛藤もまたストレスでしかなかったりする。

数字だけを見たらもうさっさとやめてもっと稼ぎの良い仕事をした方がいい。実際そういうチャンスは何度かあった。つい最近も。もう絶望の中にいたのでそれにすがりついたら楽になるんじゃないかって何度も思った。

でも今までの人生の中でもこういう時に楽な方へ流れてきたのもあって、やっぱり後悔してて、だから今回は踏ん張れたように思える。

昨日のステージはハッキリ言ってネガティブな情報しかなかった。でもそんなネガティブな情報でも楽しく笑い飛ばせたんじゃなかろうか。ちゃんと今年の膿を出しきれたように思う。

そして苦しい時にも考えることはやめてなかったわけで、同じ轍を踏まないように来年は新規事業に踏み出そうと思う。面倒で険しい道だけどいつまでも綱渡りみたいな生活はしてられない。守りたい人を守れないのはカッコ悪い。

現状維持なんて言葉は信じてないし、前進なくして安定なしだと思ってる。努力をやめたら劣化が始まる。生きるということは前進することだと思ってる。

また詳しく話せる日が来るとは思うけど来年はしっかりと一歩を踏み出します。応援の言葉はいらない。お屋敷で会いましょう。

昨日来てくれた人のことは忘れない。

ありがとうっ!

勝ちたいんや

絶対に勝てる勝負などない。
もしも絶対に勝てる勝負があるとうならそれはもう勝負とは言わない。
勝てるか負けるかわからないから勝負になる。

勝ちたいと思うし、勝ち続けたいと思うし、負けたくないと思う。
でも勝たなくても、勝ち続けなくても、負けても、多分そんなには変わらない。
それでも人生は続いて行くんだろう。

また日は昇るというやつだ。

まあ運がなかったということだ。

でも挑戦することは続けていきたいと思う。

自分が生きていると思えるために。

劇薬と麻薬

ある男が久しぶりに友達と出会った。

男は日頃から自分の不調を訴え、苦しいと周りにこぼしていた。

友達はその話を聞き、なんとか男の手助けが出来ないものかと考えた。

友達の一人が言った

『俺は、飲むと苦痛を伴うが身体が改善出来るであろう劇薬を知っている。治療は辛く心身ともにダメージを受けるかもしれないが今後のためにも劇薬を試すべきだ』

と言った。

すると違う友達が

『いやいや今、彼に必要なのは苦痛を緩和してやることだ。これ以上の痛みを与えるのは反対だ。それにその劇薬で改善されなければどうする?必ず治るという保証はないのだろう?だったら劇薬など使うべきではない。痛みを緩和させるために麻薬を与えてはどうか?』

と言った。

先の友達が

『いやいや彼はもう若くはない。いち早く改善に取り組むべきだ!緩和など一時凌ぎ過ぎない。根本的なところは何も解決しない気休めにしかならない。』

また友達が

『そうかもしれないが今はとにかく休ませるべきだ!彼が劇薬の痛みに耐えられるかもわからない。今は優しくしてやらうではないか』

また違う友達が

『いったん薬は与えずに水を与えて落ち着かせてみてはどうか?』

いろいろな意見が出るなか、男は話も聞かずただしんどそうに遠くをみていた。

友達は疲れてしまいそれぞれめいめい家へ帰っていきました。

また違う友達がそれを見て、

『あのね、みんなが君のことを心配してくれているよ。でも君のことは君にしか決められないんだよ。もし君が干渉されたくなく放っておいてくれというのなら元気に振る舞ってほしい。そうすると誰も君に薬を勧めたりするようなお節介はしないだろう。でももしも君が助けを求めているのなら僕たちの話をちゃんと聞いてほしい。君にとって耳の痛いことを言うこともあるだろうし、傷付けたりするかもしれない。でも忘れないでほしいのは僕たちは君のことが好きで、君を元気付けたいと思ってることから始まっているということだよ。』

そう男に伝えようと思いましたが男は立ち上り帰ってしまいました。

友達は一人、その場所で空を見上げました。ただ空を見上げて。

お仕事

仕事について考える。

この考えるという時期が来るべくして来てる感じがいい。たぶんそういう時期、そういうことが気になる時期なんだろう。

今、人の仕事のこと、自分の仕事のことでいくつか選択肢がある。もう結構なお歳のおっさんなので選択肢はドンドン減ってきている。

そんな中で選択肢があること自体に感謝。まあ、この選択肢も自分で作ったんだけどね。これも経験と年の功。

そうなんだよね。いい歳のおっさんはネガティブな要素が多いのは確かなんだけどいい歳の分の経験があるから若者にない発想とか根回しとか気配りが出来るよね。このまま若返りたい。

で、若者は若者で何がしたいのか、何をしたらいいのかで悩んでる。

なるほどなぁ。やりたいことねぇ。

ハッキリ言って仕事は相性が大事だと思う。

職種に憧れてその世界に飛び込んでもその環境に耐えられないなんてことはザラにある。

興味のない仕事についたのに気付けばスゲーベテランになってるなんてこともザラにある。

いろんな仕事を経験して来たものとしては仕事選びと恋人選びは似てると思ってる。

条件のいい仕事、いわゆる高収入であったり、休日が合うとか、勤務時間が合うとかってのはお付き合いするためにこちらに求められるものも多いわけ。

学歴や年齢、経験などそれに見合うかどうかを容赦なく突き付けてくる。

条件の厳しい仕事、例えば低賃金、人が休みを取っている時間帯での勤務や、人がやりたがらないような仕事などなどはすぐに働かせてくれるかも知れないが長続きしにくい。

そんな極端ではなくとも自分にあった条件でお付き合い出来ればいいけど歳を重ねたりして環境が変わると「俺のパートナーは本当にコイツでいいのかな?」と迷いだす。

私はこういう考えは不誠実ではないかと考えている。

別れる理由は生活が出来ないから違う仕事を探すとかもっと決定的なものであるべきではないだろうか?

付き合ってくれてありがとうって思って付き合い続けたのに余裕が出来たから振って違う女(仕事)に行くってどうよ?ってことだわさ。

で、私はどんな仕事でもそれなりに楽しくできます。

いっぱい仕事をしてきたし、いっぱい辞めてもきました。辞めた理由はだいたい私の不義理です。不誠実な振る舞いです。それに気付くのにも時間がかかった。愚か者です。

だから仕事は条件や職種だけでなく相性で選ぶようにしています。条件がメチャクチャいい企業で働いたこともありましたが続きませんでした。劣悪な環境でも楽しく働いていたこともありました。生活が困窮して辞めざるを得ない状況まで続けましたが。

結局続けられたのは職場環境や上司という部分です。ここの相性だ思います。いい上司といっても人間ですので一長一短があります。大事なのは自分にとってどうなのか?しかありません。

人がどうこう言おうとも自分にとって信じられるかどうか。

私は別れてから「やっぱりアイツは」とか「元々合わないと思ってた」とか言うヤツが嫌いなので信じたら最後まで信じていけるような関係を作れるように心がけています。その関係が作れたら仕事は長続きすると思う。

若い人には加えて資格を取ることを奨めてます。

もう終身雇用はないんだからどこかで会社から放り出されてもなんとか出来るように専門スキルはいくつか身につけておくべきだと。国家資格の一つや二つ身に付ける気概が必要だと思います。

定年で仕事辞めても身体を動かし続けないとすぐにガタが来ちゃうんだから死ぬまで現役と思いながら仕事と付き合い続ける姿勢が健全なんじゃないかなって思います。

うちもおっさんなりに人生の節目を迎えそうなので、ホンマに人生の節目を何回乗り越えなアカンのやろ?とにかく今までの経験と勘からするとここは流れに身を任せるところだと思うので頑張ろう。

そう、頑張ろう、頑張るしかないねん。死ぬ気で挑めばとか言うけどそんな暇無いくらい生きてるから。いつか必ず死ぬから。死ぬのはその時でいい。お迎えが来るまでやれることをちゃんとやろう。めんどくさいは大敵やけどもやれることをちゃんとやってたらそんな酷い目には合わんよ。たぶんね。

政治の話

政治の話は飲み屋でするなと言われました。

ふむ、確かにそれで会わなくなった人はいる。

でも別に飲み屋で話したわけじゃないけどね。

政治の話をしてこの人とは話ができないとなったとしてそれはその人の一面だとしてその人のすべてがわかるものなのだろうか?

それまでのあなたとの思い出はなんだったの?ととても残念な気持ちになったのを覚えている。

まあそんな知り合いを失う危険のある話をしてみよう。

なんだか政治の話題が忙しい。

まあそういう駆け引きとかはいいと思う。

政治の話でいつも思うんだけど今の選挙制度は日本人に不向きなのではないだろうか?ということ。

選挙ってのは自分の信じる人へ一票を投じる、そして多数を獲得できた人を代表として進んでいこうってもんじゃないのかね?

だとしたら今の首相はみんなの代表なんだからやりたいことを応援していくのが筋ってもんじゃないのかな?と思うんだ。

なのに俺は投票してない!と妨害する姿勢ってのはどうなのかね?政策で戦うのはいいと思うんだけどそれ以外のことで足を引っ張りあってる。

競いあって投票結果で選ばれた人を盛り上げる、助ける、そういったことは出来ないのだろうか?

そんなに気に入らないなら投票しなければいい。

投票されたのであればそれだけの支援者がいるということ。

それが選挙のルールじゃないのかな?と思うんです。

当選した人が無茶をしたとしてもそういう政策を打ち出していたのなら間違ってないし、思っていた結果と違っていたとしてもある程度は仕方ないと思うのね。

ちょっとなんかあったらすぐ口出すのじゃなくて見守ることもない。

まあ大変ね。

それなのに政治家になりたいという人が多いんだから不思議だね。

みんな政治家になって何をしたいのかね?

国民のために何をしたいのか?

国民は政治家に何を求めるのか?

いろいろとあるけどもっと根本的な選挙というシステムについて考えてみることが必要なのではなかろうか?

やっぱ議員多すぎでない?

多数決で代表を決めるというものなんだから決まったら応援しようよ。

応援したくないなら多数派の対抗馬を出そうよ。

出せないなら仕方ない。

そういうシステムなんじゃないの?

公約を守らない人にはしっかりとペナルティを与えようよ。

約束守らない人に投票するのはやめようよ。

投票する人がもっと一票を大事にしようよ。

とはいえ

…なあ

ジャムパン

ジャムパンが最近大好きになっている

なのにコンビニでは見かけなくなってきた

どういうことだ?と言いたい

ちなみに私が言うところのジャムパンはこれ

ヤマザキの高級ジャムパンがイチオシ。

というかねコンビニが自社製品を推しすぎなのよ。

ハッキリというけど味に関してパンをメインで扱ってるところとは雲泥の差があるからね。

特にこういうジャムパンとかシンプルになればなるほど差は歴然。

だからか知らないけどコンビニ製品にシンプルなパンは少ない。

割りが合わないのかも…

別にそれはいいからジャムパンを置いてほしい。

無いところが多い。

仕入れ権のある人はとりあえずジャムパンを入れてみよう。需要あると思うからさ。

よろしく

モーニング

朝からヨドバシカメラ京都へ。

そしてモーニング。

コーヒーはアイスを勧められたのだが朝だし温かいものを飲むことに。

ドーナツを温めるか聞かれたのでこちらは温めてもらう。

そうね、ドリップコーヒーには間違いないんだろうけど挽きたてではないのね。まあそうか、そうだわなと自己完結。

ドーナツ温めるとこんな感じになるのか。私は基本的に温め直しが苦手らしい。

例えばチーズとかが入っててそれが溶けてきて…みたいなやつは温めてこそ!と思うけど冷たいままでも食べられるやつは冷たいままがいいな。

今朝は朝からなんだかモヤモヤしてるね。

なんかいろんなことを考える。

でもねこれは悪いことじゃない。

今までの経験から言うと余裕が出来たから要らんことまで考えられるようになったわけだ。

我武者羅の時はそんなこと考える余裕ないもん。

だからむしろいい傾向だと言える。

そうこういう細々とした要らんことに対応してこそだな。人生は。

こういう細々したことこそが思わぬ実りを与えてくれることもある。

丁寧に生きよう。

買えないSwitch

ニンテンドーSwitchの抽選会がイオンモールのSofmapであるということを昨日偶然知り行ってきた。

抽選会は9-10時に抽選券を配布、12時に抽選結果を発表するという。

こういった抽選会に参加するのは初めてだったのでお一人様一枚の抽選券を獲得するためもう一人忙しい中連れ立って抽選券をもらいに行く。

9時半前にイオンモールについて思う。閉まってるやん。

しかし張り紙がありそれによると正面玄関のところで抽選券を配布してると。ヘコヘコと正面玄関へ。するとそんなに人は居ない。Sofmapの服を着た人が大声で抽選券を案内している。行列もなく抽選券をもらう…何?手に巻くタイプのだと!?

来てもらった人は忙しいので12時までは残れない。まあ今日一日有効ということなので夜なら来れるかと話しながら12時な結果次第で考えようということになる。

2台当たったらどうするか?なんて考えて転売はないけど興味のないその子にいかに買い取ってもらうかを考えながら12時を待つ。

結果はあっさりとしていた。番号が張り出されている。その中に私たちの番号はない。

ふうむ。そうねこんなものね。こういったくじ運は強くない。がっくり来ている自分に気付いて、ああ期待してたのね。となんだかわからないけど落ち込んでた。

はずれた人にもポイントサービスなんてSofmapのチラシに踊らされようと店内を物色するも欲しいものは見当たらない。

だって一番興味のあるのはスプラトゥーン2だもの。

何度かドラクエでもいいかと思ったけど何がドラクエでもいいのか?と自問自答してた。

もうニンテンドーSwitchなんて買ってやんないんだから!

と叫びたくなるところだ。

しかし何店舗かリサーチをしてるけど夏にだいぶ増産されそうな気配を感じる。

勝手に感じてるだけだけど。

もう普通に買えるようになるまでとりあえずSwitchは諦めよう。

普通に買えるようになった時にまだやりたいと思えたら考えよう。

やらなきゃいけないことたくさんあるしな。それをやれということなんだろうよ。

あーあニンテンドー損したね。サードパーティーがかわいそうだよ。

九周年

今日はK+の日です。

それは旧K+から移転した時にK+のオープン日をそう呼ぶことにしたからです。

2008年6月1日にK+はオープンしました。そのオープン日も親しい人を集めてひっそりと行われました。そのこともあってか以後6/1はクローズドイベントして行われることになったという(民○書房発行『K+の噂100』より)

まあそんなわけでオープンから9年経ちました。不思議なもので毎年のことなんだけど心境の変化というものはあります。

ここにたどり着くまでの道のりは過酷でした。そして別に今が楽になったわけでもなくまだまだ過酷です。

むしろ昔の方がもっと気楽だった。いつでも辞めればいいと思ってたから。まあ今も思ってたりするんだけど重みが違う。この場所を大事に思っててくれる人が居ると感じるから。とはいえダメになったら辞めるしかないんだけどね。

あの時始めてなければやはり今は無いわけで、人との繋がりってのは面白いなって、本当に思います。例えばここがなくなったら果たして今の皆さんとの関係は終わりを迎えるのだろうか?いろんなことを夢想した時にやはりK+-sora-という場所がみんなをつなぎとめてくれているんだと実感します。

私もバカだからついつい当たり前にあるものだと錯覚してしまう時が往々にしてある。例えば今がこれからも続くのではないかとか、人と会ってなくても関係が変わらず続くのではないかとか、いつまでも若く健康でいられるのではないかとか、当たり前に考えてしまう。でもそうじゃなかった。9年経ったんですね。昔よりも夜が弱くなったしエネルギッシュでもなくなってきた。味付けの好みも変わってきたし色んなことに少し寛容になったような気がします。

やっぱり変わっていくもんなんですよね。だからこそ今しか出来ないことを大切にしたいと思います。

幸せは望まないと叶わないんじゃないかと思うんです。行動しないと始まらない。年は取るし時間は流れる。どんな選択肢を選んでも後悔はするんだろうから前向きにやることやって仕方ないなって後悔したいものです。

しんどい道のりではありましたし、もう一度同じ道のりを歩きたいとは思いませんがとても楽しい道のりではありました。

少しでも一緒の道のりを歩いてくれた方々、これからも一緒に歩いてくれる方々に心から感謝です。十周年を意識しないと言えばそんなことはないんですが焦らずにいきたいものです。

ということで今夜の晩餐会が楽しみです。6/11はなごろむだー。こちらもどうぞよろしくお願いします。