ボクと麻雀(ゲームについて2020、6月)

本当に子どもの頃からゲームって結構身近にあったと思う。

子どものころは正月に親戚が集まって花札や麻雀をやるのを見てて、それがなんかキラキラ楽しそうで、もうお祭りだったわけよ。みんな大声で笑い合ってふざけ合って楽しくて寝たくない!って。まあ寝させられますけどね。いつか御開きまで起きていたいって思ったよ。
寝てる部屋の隣でいつまでもジャラジャラ、ジャラジャラしてるのを聞いてるうちに眠りに落ちていく…

小学校低学年くらいの子どもが麻雀牌を持ってやりたいって言ってもさ、「お前にはまだ早い」って言われるのはまあ当然。
それでも触りたくて無理やり触るとガチで怒られるわけ。
それは倫理的にとかではなく、本当に邪魔!ってテンションで。
そこは完全に親とかじゃなくて、大人が真剣に戦い合ってる場なんだなって。で、それに猛烈に憧れたのよ。

小学生の時にはファミコンが流行ってそこで麻雀をやりまくった。
ソフトがそんなにないから麻雀をやりまくった。
ルールもそこで覚えていった。

祖母は麻雀は苦手だったのさ。
でも面子が足りないと座らされる。
なので孫たちの面倒は祖母が良く見てくれた。
祖母におねだりするのは花札とカブ。
小学校に上がる前から任天堂の上客だったのね。我が家は。
花札、カブ札何セットかあったし。
カブは展開が早いので子どもでも出来る。
思えば暗算が早くなったのはそのせいではなかろうか?
でも私自身は麻雀に混ざりたくて仕方なかった。

小学校高学年になる時には麻雀のルールの基本は覚えていると思ってた。先生はファミコンだけど。しかも二人打ち。
もういつでも入れるよと密かに思って出番を待ってた。ファミコンなのに。
中学生になる直前の春に曾祖母が亡くなった。
それから親族が集まることが減っていった。

中学生になってもなかなか麻雀に参加することは出来なかった。
もうルールもわかるのに。ファミコンの四人打ちもやってたし。
何度か祖母がじゃあ代わりにやってみてと言われてやったことがある。結果は覚えていないがボロ負けまではいかなかったと思うが勝てなかったかと。自分なりには頑張ったと思ったんだけど、叔父たちにはまだまだやなと言われ、また当分仲間に入れてもらえない期間が増える。
どうやら麻雀に参加するためには必要な資格は年齢やルールを覚えることだけでないことに気付くのはもっと後になってからだった。

中学生から友人と麻雀を囲みだした。
高校生活は麻雀のことしか覚えていない。
正月に親戚が集まることはもうほとんどなかった。
叔母が叔母の友人を連れてくらいになった。
私はもう親戚をあてにすることなく麻雀が出来る環境を持っていた。

私は今でもあの子どもの時に見たお祭りに憧れ続けている。
家族が楽しそうに笑い合っている空間に。

今思うと、ゲーム倶楽部なんかはそういう場所に近付こうとしているのかもしれない。
対人であることにはこだわり続けているので。
技術を磨いて、全力でぶつかり合える場所をって。

なんかゲームのこと書こうと思ったのに思い出話だけで終わってしまった。
次回はテレビゲームのこと書きます。

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